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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)122号 判決

控訴人(原告) 竹内永助

被控訴人(被告) 鴨島町長

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和二五年度分町民税一、二、三期分(税額金千二百十円)の滞納処分として昭和三〇年七月二一日普通自転車一台及び丸型柱時計一個に対して執行した差押処分を取り消す

訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とする

事実

控訴人は主文第一、二項同旨の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

控訴人において

(一)  控訴人には町民税滞納の事実はない

控訴人は原審において町民税千二百十円滞納した事実を自白したことはない。控訴人は被控訴人に対し昭和二五年度町民税賦課処分に対する異議申立をしたところ、当時の町長大島佐三郎は口頭で賦課処分を取消し、その後何等の決定もしないから右取消は有効である。

(二)  本件差押物件は何れも控訴人の営業に必要な器具である。よつて控訴人は差押に際し徴税吏員に対しその旨を申し出で、その代りに右滞納税金等を償うに足るべき控訴人の店舖内に積んであつた小麦二十四俵(内控訴人が買い受け所有していた小麦四石八斗を含むもので小麦一斗は金四百五十円である)と店頭に積重ねてあつた木炭九俵(販売用商品にして一俵金二百八十円である)を指示して必要なだけ差し押えるように申し出た。しかるに被控訴人の徴税吏員はこれを肯んじないで本件物件を差し押えた上、即時引き揚げているのであるから、右は国税徴収法第一七条に反する差押で違法な行政処分として取消さるべきである。なお控訴人が右代替差押物件を提供したのは本件差押完了以前であるから適法である。

(三)  仮りに以上が理由なしとしても、本件差押は同法第二一条に定める立合人成丁者二名に欠缺しているから違法な差押である。滞納者と見られる者が立会を拒んだ場合は成丁者なれば二名以上の立会人を要するにかかわらず、成丁者弘田昇が一名立会つたにすぎないのであるから、本件差押は立会人の最低員数欠缺により効力を生じない。又本件差押は地方自治法第二条第一一項によるも無効である。

(四)  督促状の送達がないから本件差押は違法である。

地方税法第一九条においては督促状は一期二期三期とも各通ながら夫々に滞納者の住所へ送達すべきであるのに、これを送達した証拠がない。原判決において徴収原簿に督促状発布とするゴム印を押してあるだけで督促状の送達ありとしたのは違法である。

(五)  仮りに滞納があり、又督促状が送達せられていたとしても、滞納租税債権額は金一千三百円である。鴨島町では延滞金や利子税は事実上徴収しないことになつているのであるから、一千三百円の租税債権しか有しないものが立派に使用している自転車一台を差し押えた上に、柱時計をも差押えて引揚げていることは過剰差押であつて、衡平の理念に著しく背反する。

従つて右滞納処分は違法として取消さるべきである。金額の寡少によつて差別待遇することなく、法律平等の原則に従い(憲法第一四条)裁判せらるべきである。と補陳し、

被控訴代理人において

(一)  昭和二五年度町民税の滞納の点について。

控訴人の昭和二五年度町民税賦課処分が取消されたとの主張は否認する。

控訴人は原審昭和三一年二月一日の準備手続期日において被控訴人主張の租税債務の存在する事実を自白しているのであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

(二)  督促状の発布及び送達について。

控訴人は本件について督促状の発布なく又其の送達を受けたことがない旨主張するけれども、右督促状は発布せられ、当時使丁により控訴人に対し送達せられたのである。

当時鴨島町役場には徴収原簿のほかには督促状発布原簿及び督促状送達簿が備え付けられていなかつた。当時同町においては納期内に納付のあつたものは収入役が徴収原簿に領収印を押捺するが、納期後の分は一括して転記台帳に移記し処理していたもので、昭和二五年度の転記台帳には本件控訴人の分も移記せられている。

(三)  立会人の点について。

本件差押には国税徴収法第二〇条の捜索処分を伴わなかつたものであるから、二人の成丁者の立会を必要とするものではない。即ち鴨島町の吏員古谷琢磨、山下徳市の両名が控訴人方へ赴き控訴人が玄関に坐つていたので一応納税を求めたが、これに応じないので、滞納処分をする旨を告げ、玄関の間の目の前にあつた自転車と時計を差し押えたものであつて、右差押物件発見のために同法第二〇条の捜索処分を全然していない。従つて立会人の必要はない。

又本件差押には控訴人が終始その場に立会つていたのであるから、この点からも他に立会人の心要はない。仮りに本件の場合なお成丁者二人の立会を必要とするものに該当するとしても、本件差押においては地方事務所の弘田昇及び井坂豊両名が立会していたのであるから、差押につき何等の違法はない。差押調書に記載がないからとて立会の事実がないものと断定することはできない。

(四)  過剰差押の主張について。

控訴人に対する徴収金額は金一千三百六十円ではなく、金二千五百十円である。即ち滞納税金千二百十円のほか、延滞金千二百十円、督促手数料金九十円の合計金二千五百十円となる。そうして差押に係る自転車一台の見積価額は金二千円ないし金二千五百円、時計一個のそれは金三百円ないし金四百円であるから、右差押は著しく超過差押ではない。なお若し換価金のうちから税金延滞金等を差し引き残余を生ずるときは国税徴収法第二八条により滞納者に交付すれば足るものであり、本件差押には何等の違法もない。

(五)  差押制限違反の主張について。

控訴人は本件自転車は国税徴収法第一七条第二号に定める営業に必要な器具に該当する旨主張するけれども、控訴人は農家から小麦を預り、これを以て製麺製粉をする委託加工を業とするものである。控訴人は老齢でその営業振りも緩慢であつて自ら右自転車を以て集荷に廻つたり製品の配達に行つたりしているものではなく、委託者自らが小麦等を持ち込み又その製品を持ち帰つているもので、自転車は控訴人が外出用に使用しているものである。それ故新聞配達や牛乳配達のそれらとその必要性を全然異にしている。同法第一七条の職業又は営業に必要な器具を相対的差押禁止物件とした規定の精神は職業又は営業に必要な器具を差し押えるときは、その職業又は営業を継続することができず、ために生計の途が社絶せられる虞があるからであつて、控訴人に対する差押として製麺製粉の機械の差押をしたとすれば、それはあるいは営業の継続ができず、生計の途が断たれる虞があるかもしれないが、本件自転車や時計の如きは控訴人の業態から観て、差押のため控訴人の営業を継続することができず、ために生計の途が断たれる虞があるようなものではない。殊に控訴人は資力があるから、なおさらである。ただあれば便利な程度であるに過ぎない。したがつて本件差押物件は同法第一七条に規定する営業に必要な物件には該らず、本件差押は同法条違反の差押に該当しない。

なお、控訴人は単に木炭や小麦を差し押えてくれと申し出たにとどまり、現実にその物件を特定し提供したのではない。それ故徴税吏員が右申出を容れなかつたのは何等の違法もない。又控訴人が木炭や小麦の差押を申し出たのは徴税吏員が自転車と時計の差押を為し、差押調書を作成し執行を完了し、右物件を持ち帰ろうとした時であるから、徴税吏員が右申出を容れなかつたものである。

控訴人は滞納処分が終つたときとは徴税吏員が差押調書に署名捺印をなし終つたときで、その謄本を滞納者に交付したときであると主張するけれども、動産の差押は徴税吏員の占有によつてその効力を生ずるものであり、差押調書謄本の交付の如きはその効力発生後の手続に過ぎないのである。よつてこの点においても違法はない。

よつてこの点に関する控訴人の主張は理由がない。と補陳したほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)

理由

被控訴人が控訴人に対する昭和二五年度分町民税一、二、三期税額金千二百十円及びこれが延滞金等を徴収するため、昭和三〇年七月二一日徳島県麻植郡鴨島町の控訴人住所において普通自転車一台及び丸型柱時計一個を差し押えたことは当事者間に争なく、控訴人が右処分を不服として、同年同月二六日被控訴人に対し異議申立をなしたが却下せられたので、本件出訴に及んだことは被控訴人の明かに争わないところである。

そこで先ず本件差押が国税徴収法第一七条所定の差押制限違反に該るかどうかを検討する。町民税に係る滞納処分については国税徴収法の規定による滞納処分の例によつてなさるべきであるところ、(地方税法第三三一条第一項)、国税徴収法第一七条の規定によれば、職業又は営業に必要な器具及び材料の類は滞納者の意思にしたがい滞納者から滞納税金を償うに足るべき物件を提供したときはこれが差押をなさないものとされている。そうして同条に云う物件は、同法第一六条第一項第四号等に掲げる物件すなわち職業に不可欠なものよりは範囲が広く、これがなくなれば職業の遂行上支障を生ずるものであつて、滞納者からこれに代るべき他の物件を提供した場合には差押をなし得ないものである。元来差押の目的は、差押物件を換価して、滞納税金等に充てることであるから、特殊の物件に限り他に徴収の目的を達するに充分な財産を提供するときはこれが差押を為さないこととし、よつて滞納者の生活と生業を保護保証して、滞納処分から受ける苦痛を少なからしめんとすることが同法第一七条の趣旨に合致するものと解せられる。

本件についてこれを観るに、成立に争のない甲第九号証第十三号証の一、二と原審証人弘田昇、原審並に当審証人古谷琢磨、当審証人坂東只一の各証言によれば、控訴人は本件差押執行当時肩書住所で小麦の委託加工業及び木炭の販売業を営んでいたこと、そうして本件差押に係る普通自転車一台は大型堅牢な荷物運搬用の荷物台の附着せるもので、控訴人方玄関口の土間(店舗)においてあつたものであり、又柱時計一個はその土間に接続している帳場(半間と二間位の広さ)の柱に掛けられていたもので何れも控訴人の営業上必要な物件であること、そうして右物件の差押に当り控訴人は右滞納処分の執行に当つた徴税吏員古谷琢磨に対して右物件を差し押えられては営業に差し支えるから小麦か木炭に替えてもらいたい旨申出たことが認められる。被控訴人は控訴人が老齢でその営業振りも緩慢であつて、自ら右自転車を集荷配達の用に供しているものではなく、ただ外出用に使用しているにすぎない旨主張するけれども控訴人が老齢であるとの点を除いてはこれを認めるに足る証拠はなくしかも控訴人が老齢であるとの一事を以ては右認定の妨げとはならない。そうして又被控訴人は右物件は控訴人の業態からみてもこれを差し押えられたがため、控訴人の営業を継続することができず、ために生計の途が断たれる虞があるようなものではないから本件差押物件は国税徴収法第一七条に規定する営業に必要な物件には該らない。殊に控訴人には資力があるからなおさらこれを差し押えられたがために生計の途が断たれる虞などはない旨主張するけれども国税徴収法第一七条第二号所定の営業に必要な器具及び材料とは同法第一六条第一項第四号等に所定の如く業務上欠ぐことのできない程度に必要度の高いものであることを要しないこと前説示に照して明かであるから、右物件が差し押えられたがため控訴人の営業を継続することができず、ために生計の途が断たれる虞はないとするも、右物件がその営業に必要なこと前認定の通りであるからこれを同法第一七条第二号所定の差押制限物件と認めるの妨げとはならない。よつて被控訴人の以上の主張は採用し難い。

次に成立に争のない甲第二号証、弁論の全趣旨によりその成立の認められる甲第十四号証と原審証人弘田昇、原審並に当審証人古谷琢磨の各証言の一部、当審証人坂東只一の証言に前記認定事実を綜合すれば被控訴人が本件差押によつて徴収すべき控訴人の滞納税金等の合計は金千三百円であること、本件差押当時控訴人は小麦の委託加工業及び木炭の販売業を営んでいたものであるが、右差押執行の際、店舖内(玄関の土間)に控訴人所有に係る小麦五、六叺(一叺四斗入、一斗当金四百五十円)と店頭に木炭九俵(販売用商品)が積んであつたこと、そうして控訴人は右差押に当つて当初からその現場に居合せていたところ、徴税吏員古谷琢磨が本件物件を差し押えた上、右差押物件の保管方を控訴人に申し出た際、控訴人がこれを拒絶し、且つ右物件の差押に替えて同所に積んであつた右小麦及び木炭を指示してこれを必要なだけ差し押えてもらいたい旨申し出たこと、しかるに右徴税吏員は右申出を容れないで本件差押物件を待ち帰つたことが認められ、原審並に当審証人古谷琢磨の各証言中右認定に反する部分あるも前示各資料に対比すれば措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして右木炭の価格が一俵当金二百八十円であることは被控訴人の明かに争わないところである。してみると特段の事情の認められない本件においては右控訴人が代替差押を申し出た小麦及び木炭を以てすれば前認定の価格に照し本件滞納処分費用及び前記認定の本件滞納税金等を償うに足るものと認めるを相当とする。

被控訴人は控訴人は単に木炭や小麦を差し押えてくれと申し出たにとどまり、現実にその物件を特定し提供したのではない旨抗争するけれども、国税徴収法第一七条に規定する他の「物件の提供」とは該物件を差し押え得べき状態におくことを意味するものであるから、前記認定の事実関係から判断すれば右小麦及び木炭等の代替物件については同法にいう「提供」がなされたものと認めるを相当とする。よつてこの点に関する被控訴人の主張は採用せず。次に被控訴人は控訴人が右物件の差し押え方を申し出たのは既に本件物件の差押をなし差押調書を作成し執行を完了して右物件を持ち帰ろうとした時であるから、徴税吏員は右申出を容れなかつたのは何等の違法はない旨抗争するにつき検討する。

元来動産に対する差押の効力は該物件の占有が滞納者から収税官吏に移転し又は収税官吏が該物件にこれを差し押える旨の表示を施した時に発生するものと解せられている。そうして収税官吏が動産の差押をしたときは差押調書の作成並に謄本交付の手続等をとるべきは勿論、該物件についてはこれを引き揚げるか、又は運搬の困難なときは滞納者等に保管させるかいずれかの措置をとるべきであるが、これらの手続を終えない限り差押手続はすべて完結したものとは謂えない。

のみならず前叙の如き国税徴収法第一七条の趣旨よりすれば、収税官吏が差押に当つては同法第一七条の規定に該当する物件以外のものがあるときはできうればその物件を先に差し押えることとするのが妥当な措置であると謂うべきである。したがつてたとえ差押の効力が既に発生していたとするも、未だ当該収税官吏が現場にとどまり差押物件を引き揚げるか、又は差押物件である旨の表示を施して滞納者等にその保管を託するか、両者のうち何れかの措置を最終的にとらないうちに、すなわち右差押の同一機会において滞納者から代替物件の提供がなされた場合には、右差押をやり直すに多大の労力、費用を要するとか、又はあらかじめ代替物件を提供するときは差押をしない旨を告げていたにかかわらずこれを提供しなかつた場合等特段の事情の存しない限り収税官吏としてはこれに応じて営業に必要な物件の差押をやめて右代替物件の差押をなすを相当とする。本件についてこれを観るに滞納税金等の額並に差押物件の種類員数等の点より考えるに、これは差押手続をやり直すとしても左程の労力、費用を要するものとも認められず、又その他特段の事情あるものとも認められないから、前認定の如く徴税吏員が本件差押処分をなした上、控訴人に対し該差押物件の保管方を申し出た際に、控訴人から前記代替物件の提供がなされたとするも、徴税吏員としては前記必要物件の差押をやめて右代替物件の差押をなすべきであることは前叙に照して明かである。

よつてこの点に関する被控訴人の主張は採用し難い。叙上説示によつて前記徴税吏員が控訴人のした右代替物件の提供を無視して控訴人の営業に必要な本件物件の差押を追行したことは違法と認めるのほかなく、したがつて該差押執行は取り消さるべきものとする。

よつて控訴人の本訴請求は控訴人の爾余の主張につき判断するまでもなく正当にして認容すべきものとし、右と反対の結論に出た原判決は失当にして本件控訴は理由があり、原判決を取消すこととし、民事訴訟法第三八六条第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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